・ 2011年3月11日東日本大震災 心よりお見舞ならびに哀悼の意を表します。 本日同時刻、屋外にいましたが東北方面に向かい黙祷を捧げました。 ・ あの日のこと・それ以降のことは、私自身忘れられないこととして胸に刻まれています。 あの日、東京出張に行かれていた10人程の関係者の安否確認を夜中まで行ったこと、翌朝からの復興支援に入る組合員の救援物資確保・送付、私自身の友らへの救援物資送付、私が県本部を代表して引率することになった震災1ヶ月後から始める復興支援の第一陣準備作業と、その後続く支援へのサポート。 それらの関係処理業務、年度末が近づき忙しくなる日常業務に加わる膨大な資料をさばくのに要する時間。 並行して行われていた統一自治体選挙の諸々。 プライベートでは親族が癌闘病生活に入っていて、もう数年間定時後に向かっていたこと。 悪化していく症状。 ・ 自分が30代半ばを迎え、残りの人生をどう生きるかぼんやり考えていたことに対する、地元に帰ると決めた結論。 私自身忘れることのない思いと原発事故により進まない復興に対する思いを、黙祷の際心の中で告げました。 ・ 平和で安心安全なふるさとがあること。 震災1カ月後の4/10から向かった、まだ余震が震度5強レベルで日に何度も起きていた石巻市での日々でも、当たり前ではないことを痛感しました。 けれども気丈な地元の皆さまと、届いた救援物資の中から自分のサイズにあった靴を履いて大喜びしてくれた屈託のない子どもたちの笑顔。 それら含めて、常々忘れることのない思い。 思い出した様に綴りたくなくて昨年は投稿を控えましたが、今年は政治家を目指す中で改めての決意として投稿致します。 ・ お写真は、Facebookページ《がんばろう石巻の会》様より。
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