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 初めまして。

 菅森実(かん もりみ)と申します。

 私の名前の由来は、木に実がなる季節・秋に産まれたので、

        「木よりも林。

         林よりも森。

         の様に、

         りが多い人生を

         歩める様に。」

と両親が願い、つけてくれました。

 小さい頃は呼びやすくてわかりやすい名前にも憧れましたが、年齢を重ねる毎に好きになり、今は大好きです。

 この歳になると、そんな人生を歩める様に自身が考えて歩まねばならぬことも感じています。

 私は、愛媛県と広島県・四国と本州を結ぶ『しまなみ海道』まんなかの大三島(今治市上浦町)で生まれ育ち、高校卒業後は当然のことの様に進学・就職と地元を離れました。

 けれど、当時大好きでよく訪れていた特色ある文化を持つ海外旅行先や、多かった国内出張先で現地の良さを知ると同時に、地元の良さを再認識しました。

 そんな中、親族の癌闘病を共にしていた数年間の間に起きた2011年3月11日東日本大震災。当時働いていた職場から復興支援に向かう為に確保する自分たちの物資が、愛媛県にいてもままならず地震規模の大きさを痛感しました。 震災1ヶ月後の4月10日から向った宮城県石巻市は、続いていた余震で震度5以上出ることが度々あり、ライフラインは止まったまま。街を見渡しても地震と津波の爪痕は深く当時のまま残っており、復興への道のりは遠すぎて見えませんでした。

 けれど、国内外から集まった沢山の

労働者によりインフラ整備されていくマンパワーと、日頃から整っているであろう自治会機能により統治された避難所運営を目のあたりにし、支援で現地に向かったはずが反対に支えられ大変勉強になりました。

​ この時の教訓が「地元の高齢者が多い地元で、私に何か出来ることはないか。」と思い立つ力になりました。

 地元に戻りすぐに、両親の作る農産物らの紹介SNSを立ち上げました。

 今の時代、インターネット環境が整っていれば島にいても世界中の人とつながることが出来ます。味は確かなので、一人でも多くの方に知って頂きたいと思ったのと、高速道路料金が高いままの現状況の中では欠かせないことと感じたからです。

​ それから、地域の方たちと横の繋がりを持って広く手を取り合う地域活性化の取り組みを始めました。

​ 日頃から地域の活動に取り組むことで人と人の繋がりが生まれ、個人の人生をも楽しく心豊かなものにしてくれるものと思いますし、そうでありたいと考えました。その思いは、島を越え・県を越えて活動の輪が広がることで実感しています。

 そしてこういった活動が個人のみならず、地域で起こる緊急事態時に必ず役立つものと信じています。

 2018年7月西日本豪雨災害では、手をあげて下さった方のおかげで避難所に避難された方々への炊き出しをするという形で、出来る力を持ち寄ることが出来たと感じています。

 これまで瀬戸内沿岸は暮らしやすい地域だと思ってきましたが、天災はいつ・何が起こるかわかりません。今後も増えることが予想される自然災害に対して個人防災はもとより、行政との連携をスムーズに図り、地域防災力を高めていくことが求められています。​今後も継続して努めます。

■これまで

1977年(昭和52年)生まれ

上浦町立盛保育園

上浦町立盛小学校

 ・ミニバスケットキャプテン

上浦町立上浦中学校

 ・ソフトテニス部部長

愛媛県立大三島高校

瀬戸内短期大学養護教育学科医療秘書コース

 ・学生寮寮長

 ・ソフトテニス部部長

 ・学園祭実行委員

愛媛県外郭団体職員

民間企業

■地域での取り組み

・しまの学校かみうらら 会長

・瀬戸内しまのわユース 事務局長兼会計

・Bari Challenge University(BCU) 実行委員

​・第二期愛媛県観光振興基本計画策定検討委員会委員

■役職

​・i女性会議愛媛県本部事務局長(2018年5月〜)​